【あるがままにシンクロコラム】素直になることを怖れないで我がままになってみる

本当の気持ちがわからない慣性の暮らし

自分の正直な、素直な気持ちになることが怖いって思う時があります。朝起きて寝るまでの間はほとんど無意識に行動しているのではないでしょうか。顔を洗って朝ごはんを食べて、仕事にいって、etc…その間の細々とした選択すべてに、自分の素直な気持ちで向かっていますか?というと、「いや、どうだろう?こうやるのがあたりまえだから」という答えがほとんどでしょう。
人の暮らしは慣性の法則で転がっています。
そもそもどれがいちばん素直な気持ちなのか?というのは解りづらいです。慣性は感性を遠ざけます。何が食べたいのかわからない、やりたくてやっているのかわからないままでも過ごせているって不思議です。かといって都度都度、歯磨きはやりたくてやっているのか?なんてことは考える必要はないですけれど、食べたいものを食べる、くらいは意識してみてもいいのではないかと思いますね。まあそんなものです。
素直な気持ちをうまくキャッチできる時がひとつあります。それは感情が表れたとき、心が揺れ動いた時です。心が揺れる時には、たいてい抵抗のエネルギーも同時に生まれているので、欲しい、でも欲しがっていいのかな、、行きたい、でも行ってはいけない気がする、、飛びたい、でも怖いから飛ばない、、などという両方にひっぱられるような感覚で激しく揺れるのです。たいていは、慣性暮らしの外に出てしまった時に起こると思います。
さて、そんな時、一番大切にしたいのが実は「我がまま」なのです。

有名なあの脚本家のエピソードに見つけた我がままプラススパイラル

「我がまま」がうまくリレーションを発揮して、凄いことが世界に創り出された例を見つけました。テレビのバラエティで特集が組まれていた橋田壽賀子さんのお話の中にそれをみました。橋田壽賀子さんは誰もがその名を知る大御所の脚本家、巨匠プロデューサーの石井ふく子さんとの名コンビで、あのホームドラマを生み出しましたよね。意外にも橋田さんがブレイクしたのは40代に入ってからだそうです。
橋田さんはたいへん真面目な方で一度も本の締め切りを破ったことなどありませんでした。
テレビの仕事をしていた橋田さんはある日、テレビマンの男性に恋をします。仕事が手につかないほどの激しい思いでした。珍しく締め切り間近になっても脚本があがってこないことを不振に思ったプロデューサーの石井さん。橋田さんに訊ねると「恋煩いで書けません」との応えが返ってきました。
石井プロデューサーは何としても脚本を書いて欲しかった。そこで橋田さんの恋の相手に事情を話し、橋田さんと付き合ってくれと頼んだそうです。キューピッドになったのですね。お相手も(後のご主人)女性にそうこだわりはないからと、そのご縁にするりとOKをだし、脚本は無事に石井さんの元にきたというわけです。しかも橋田の恋は大成就、なんと何ヶ月後かにはその男性と結婚に至ります。
結婚してもお仕事を続けていた橋田さん。夫となった恋のお相手は、ひとつだけ条件をだしたそうです。殺人や不倫などの話は書いて欲しくないと。そうなるといわゆるミステリーや恋愛ものなど、ドラマの王道のおうなストーリーが書けません。かくして、旦那様の願いを受け入れた橋田さんが考えついたのがホームドラマなのですね。そこからは、誰もがよくご存知のとおり。あの名作が30年近い長い年月に渡り私たちのお茶の間を楽しませてくれたわけです。

我がままが喜びを与える結果を生み出したなんて!

さあ、ここでおさらいをしてみましょう。
橋田さんは恋をして、素直に私は恋煩いで脚本は書けないと伝えました。すると、石井さんは素直に私は脚本が欲しいからとキューピッドになりました。(テレビで石井さんはただ脚本が欲しかったその一心で、とおっしゃっていました。)そして、晴れて夫婦となった旦那様は、素直に僕は殺人と不倫は書いて欲しくないと伝えました。そうして、生まれた作品は、多くの、実に多くの人を喜ばせるということに繋がっていったのです。
みんな我がままです。
もしも、橋田さんが我慢して締め切りを守ろうとしていたら、
もしも、石井さんが、それならと別の脚本家をアサインしていたら、
もしも、旦那様が要望を言わずに橋田さんに自由に脚本を書かせていたら、、、大きな喜びが生まれていたかどうかは謎ですよ。
私は自分が素直になって物事がうまく回り出した時に、ほんとに失礼ながら「ハシダスガコ現象」が起きたわ、なんて言うようになりました(橋田先生、許してください)。自分の気持ちに素直になることは素晴らしい喜びの種です。自分の気持ちに素直になることを怖れないでください。