あるがままの個性に再び巡り会うまで廻り道をするという計画

私たちは人生をどうやって創り出しているかというと

私たちは現実をどうやって創り上げているか。
まず土台には魂が決めてきたブループリント(基盤)があります。
その上に、両親や環境(←実は自分で選んだ)の影響によってコツコツと刷り込んだ観念をのせます。

観念とは自分がこうでなければいけないと決めた、いわば自分の中の法律のようなもので、それによって、喜怒哀楽が起きますよね。「〜でなければならない」に従えなかった時に、罪悪感や悲しみ、怒り、従えた時には喜び(ぬか喜び)などなど。

この上に観念を載せるんですね〜

そうして起きてくる感情エネルギーは、
その波動によってどんどん似たような波動を持ついろんな出来事、人、もの、を引き寄せていきます。すると、自分とその他との間に「関係性」が生まれ、動きが生まれます。そうやって、人生という脚本を練り上げていきます。ひとりじゃ、なんのドラマも生まれませんね。コツコツ生きるのみ。

これらは変化していくものだけど、しかししかし、実は土台のブループリント(基盤)に沿ったことであるという結末。
まあ、魂には抗えません。

ブループリント(基盤)に組み込まれた「何か」に気づく

激しいストーリーの脚本にほとほと嫌気がさした時、いらぬ観念に気づきだし、それを手放し、なるべく激しくなくスムーズに生きていくための方法をさぐりだします。

これはとても大切なことであり、ブループリント(基盤)に組み込まれた「何か」に気づく近道ではありますが、、、。

そもそも、「何か」を達成するために、基盤に組み込まれたこと自体が、その近道ではなく、遠回りすることそのものがねらいだったりするわけです。全ての出来事に無駄はないとか、意味がある、ってそういうことですね。

あるがままの個性を見失ってまた見つける

ここでいう魂のブループリントに埋め込まれた「何か」ってなにかというと、私はこれを「あるがままの個性」だと思っているんです。
それは、ひとりにひとつあり、人類全体からみるとワンピースです。

世界にひとつだけ

人類全体からみるとワンピースとはどういう意味かというと、私たちはみんなで「ひとつの世界」を生きている。みんなが大きな世界のパズルのワンピースを担っているのです。だから、ひとつとして欠けてはいけない。しかも、そのままの形でなければならない。ヘンテコだったとしても、隣と違っていたとしても。

廻り道はあるがままの個性を光らせるための錬金術

「あるがままの個性」はもちろん、生まれた時にもともと持っているものではあるのだけど、そのままでは、光らない。
あんな感じです。溶かして固める。材質はもともと同じ。もしくは、それが溶かすことで金に変わる錬金術。しかし、材質は金の欠かせない一部として輝く。

「あるがままの個性」をさらに光らせるための人生ルートが魂のブループリントには刻まれています。ルートとはつまり、観念を一度かかえこみ、人生脚本を練りこみ、そうして、あら、これではうまくいかんぞ、と気づきを繰り返し、そうだそうだ、もともとわたしはこれだった、と「あるがままの個性」にたどり着くというわけです。