愛する私にうたう歌【Today’s BEe Life】

音楽をテレビで聴いてた時代には

まだインターネットもない昭和半頃のお茶の間は言ってみればテレビ全盛期。テレビドラマはもちろん音楽もテレビで聴いていたように思います。12月になるとテレビ歌謡は一斉に華やいで、各局それぞれ“なんとか賞”という特番が放映されていました。トロフィーを片手に感無量の表情で歌を歌う歌手の姿にこちらも涙したものです。どこの家庭も大晦日には早くに大掃除を済ませて、賞レース最大の見所、レコード大賞と年の瀬のお祭りである紅白歌合戦を見るのが常だったと思います。(裏番組ではドラえもんをやっていたような。)
音楽をやる人たちがアーティストと名乗り始めた頃から賞レースには参加しないというケースも増えて、だんだんとその数は減っていきました。それでも歌番組は形を変えて今でも多く放映されています。今年を振り返り歌に何かを託すかのように。言葉にはできない何かが歌には宿っているのでしょう。
さてさて、そのように時代は流れて今、音楽ってテレビで聴かずにこっそり手持ちのスマホで聴いたりするものとなりました。もうどんな音楽を聴いてもいいし、人が知ってる歌知らなくてもかっこ悪くないし、流行歌なんて言葉も無くなって、とっても自由になったのです。

狂わないように

友人がこの年またぎに十日間も瞑想をしに行くというではないですか。しかも、その道場みたいなところでは、スマホやPCなど電子機器はもちろん持込み不可、本や雜誌など活字もだめ、お隣さんと話をするのもだめ、ひたすら日中は瞑想して、ご飯食べて、トイレ行っておふろ入って寝て、また起きて一人で瞑想するという日を十日間。ご飯とお風呂がついた無人島暮らしです。友人の決意や狙いなどには構わず、勝手に5日目、6日めあたりに想像を巡らせて、私なら狂うかもしれないわといいましたら、友人も狂うと思いますと応えます。人って時に妙な実験をしてみたい生き物なのかもしれません。そしてさらに私はどうすれば狂わずにいられるだろうかと考えてみました。自分は参加もしないのに。人って考える生き物です。ああ!わかった。どうしても耐えられなくなったら、私はきっと休憩時間に歌を歌うわ!もしくは寝る前に歌うかもしれない。とにかく音に乗せて言葉を発するだろうと思いました。小鳥のように。

歌は世につれ世は歌につれ

歌は世につれ世は歌につれ…。たった一人でいても歌を歌うと世とつながることができるのだろうと思います。世というのは他でもない、自分以外の誰かです。恋をすると歌いたくなるのも、愛しいあの子と繋がりたいという想いから。音はただの震動なのだけど、歌というのは特別です。まずその歌を作ろうとと思い立った人の頭の中に、とあるイメージが浮かび、それが音や言葉というカタチになります。それは自然の音とはひと味違う特別あつらえの品!つまり別嬪(べっぴん)さんなのです。歌を聴く側も、これまた自分の中に何らかの特別なイメージを思い浮かべ、もしくは何らかの特別な感情を感じて、別嬪(べっぴん)さんを手にとり特別な自分と重ね合わせているのです。歌を通じて心と心が出会っているんですね。きっと人は自分以外の者と出会うために生まれてきたのでしょう。それは特別に素敵な出来事なのです。
流行りも賞獲りレースも関係なく、誰かかの心と自由に触れ合える時代になりました。一年の終わりにあなたの別嬪(べっぴん)さんと繋がって、他でもない自分のために歌を歌いましょう。良いお年をお迎えください。